『許すべきではありませんよ、ハーブさん!』
俺は、ハーブ・オルディーさんとの会話を思い出していた。 ハーブさんは、うちのご近所さんだ。 奥さんであるコーラルさんと二人暮しをしている。 雑種だが、ダニーとサラという、立派な大型犬も飼っていて、彼らとの散歩がハーブさんの日課だ。 会えば、世間話をしたりなど、仲良くさせてもらっている。 だが、不思議な事に、今まで互いの家を訪ねあったりした事はなかった。 そのハーブさんが、ダニー達を連れて、昼間に家を訪ねてきたんだ。
『突然で申し訳ない、ダレンさん。 ふと寄ってみただけなのですが・・・。 もしや、お忙しかったですかね?』 よほど俺は酷い顔をしていたのだろう。 俺の顔を見て、ハーブさんは訪ねてきた事を後悔したようだった。 実際、俺は疲れていた。 カサンドラから頼まれた絵に、夜通しで取り掛かっていたからだ。 一睡もしていなかった。 さすがに、仮眠くらいは取ろうかと考えてはいたのだが。 しかし、眠りに落ちる気にはなれないでいた。 だから、ハーブさんのこの訪問は、俺としては、むしろ大歓迎だった。
『丁度、一区切りつけようと思っていたところですよ。 どうぞどうぞ上がってください、ハーブさん。』
そう答えると、ハーブさんは安堵した表情を見せた。 それから裏庭で一言二言交わすと、話題は、ハーブさんの娘さん夫婦の話になった。
『それは災難ですね。』
先日、ハーブさんが娘さんのご主人に投げ飛ばされたらしい。 最初は、同情しながらも、ハーブさんの話を冷静に聞いていた。 だが、気が付けば、俺はその娘さんの夫とやらに、はっきりとした怒りを感じていたんだ。 そもそもの原因が、娘さんの夫の浮気だったと聞いて。 そうなんだ。 俺は、ハーブさんの娘さん夫婦に、カサンドラとドンを重ね合わせていたんだ。
もしも、もしも彼が、そんな事をしたら? 噂の絶えなかった、あの男の事だ。 今も尚、そんな真似をしていたとしたら? それによって、カサンドラが傷つけられていたとしたら? 傷つけられるとしたら? 考えただけで、怒りが湧き上がってくる。 許さない、許すべきではない。
そのような事があったら、俺は最早遠慮などしない! そう誓った。 その時には、傷ついた彼女の元に真っ先に掛け付け、彼女を慰めよう。 今度こそ、彼女の心を手に入れよう。 卑怯でも何でも構わないんだ。 彼女を手に入れたい。 そう誓った。 そうなる事を心のどこかで願っている俺も、いるのかもしれない。 そう考えると、俺は自分自身にも耐えられなかった。
彼女の傷つく顔は、何よりも見たくないのに。 彼女が傷つくような事など、何よりも起こって欲しくないのに。
カサンドラを、愛しているから。
「父さん、ちょっといい?」
どうしようもないジレンマに陥っていると、不意に息子の声がした。 気が付けばもう日が傾いていた。 ハーブさんが帰ってから、俺はどれくらい、こうしていたのだろうか。
「ああ、帰ってたのか、ダーク。 お帰り。 どうした?」
「うん、ちょっと相談があるんだ、父さん。」
”相談”という言葉に俺は反応した。 彼は今まで、”相談”という形で、言葉を口にした事など無かった。 ダークはよくできた息子だ。 親の俺から見ても、しっかりしすぎるくらいに。 それが初めて、”相談”という言葉を口にした。 悩み事だろうか? 俺がいぶかしんでいると、ダークは安心させるかのように笑って付け加えた。 進学のことでだよ、父さん、と。 |